「法廷画ってどういうプロセスを経て制作されて、テレビニュースで流れてるの?」というよく尋ねられる疑問に
  現役法廷画家が 注文を受けてから納品するまでビジュアルを交えてお答えするコーナーです。
  普段見るニュースの裏側にはこういう人間もいる、ということを知っていただければ幸甚です。


   法廷画の依頼

ピリリリ・・・携帯電話の着信から仕事がはじまる。付き合いが長い某キー局は何故だかいつも非通知着信だ。非通知で掛けてくるはここしかないから逆にわかりやすい。「はい榎本です」「あ、榎本さん、○○です。お世話になります。早速ですけど、明日って時間ありますか?」「開いてますよー」「東京地裁での裁判なんですけど、朝10時からで、傍聴券交付もないみたいなので9時半に現地集合でお願いできます?」「了解しました!」このような短い電話のやり取りで法廷画家制作の依頼と受注が確定。



   事件の詳細

事件についての詳細はいつもメールかFAXで送ってくれる。法廷画が必要な裁判はそれだけテレビ局も報道に尺を取っているわけで、社会的認知度が高い事件が多く、それだけに「ああ、あの事件か」と思うことが多い。



   事前準備

ネットで被告の顔を検索。事件が報道されたときのニュース記事や動画がひっかかる。便利な時代だ。事前に顔写真をみてイメージを膨らましておく。初期のころはこの時点で何度か似顔絵を描いて特徴を掴んでいたが、最近はしなくなった。
トートバッグにB4スケッチブックと鉛筆、シャーペン、消しゴム、鉛筆削りが入ったペンケースを入れる。私の場合、スケッチ自体はアナログだが、着色は事務所に戻ってからデジタルで行うので、このように軽微な準備で済む。



   裁判所到着

今回のケースは東京地方裁判所であるが、これが首都圏から遠く離れた地区ならば、局がビジネスホテルを用意してくれる。前日の晩に現地入りし、翌朝裁判所へ向かうことになる。
東京地方裁判所では手荷物検査が義務づけられている。係員によってベルトコンベアに乗せられ、X線検査機にかけられる。法廷内は撮影が許可されていないのでカメラの持ち込みを禁止しているのかと思えば、そうではなく単純に危険物の持ち込みを警戒しているそうだ。事実何度かカメラを持ち込んだことがある。(取り出したことはないが)



   打ち合わせ

テレビ局の担当者と落ち合う。電話で依頼があった人と違う人である場合も少なくない。ニュース番組は生き物で、常に変化しているからこうして担当が変わることなどザラだ。裁判所のロビーで軽く打ち合わせ開始。「この被告人は逮捕された当時、被害者遺族の感情を逆なでするような発言を繰り返してたんですよ。今回初公判にあたって入廷時に傍聴席の遺族側を意識するかしないかなどをきっちり見ておいてください」「あと、証人が来るかもしれないんですが、被告人の態度の変化なども・・・」「今回は弁護側と検察側の論戦がポイントになりますからこういう構図で絵があるとV(VTR)が作りやすくて助かります」「そんなわけで6枚程度必要ですかね、あとは榎本さんにおまかせします!」大体そんなヤリトリだ。



   開廷

傍聴券が抽選で配布される裁判の時は私もくじの行列に並ぶ。頭数が多いほうが当選確率が高まるからだ。カメラマンや音声技術者まで並び、話題が話題を呼ぶニュースの際は「並び屋」と呼ばれるくじ引きのためだけに集まる方を雇って傍聴券を獲得する。数千人並ぶ姿がヘリからの映像で報じられることがあるが、あれは別にその裁判を数千人見たがっているわけではなく、多くがマスコミに雇われた並び屋なのである。そうして手に入れた傍聴券を記者と法廷画家が手にして法廷に挑む。傍聴券が配布されない裁判の際はなにも無しで入廷できる。
基本的に、席を取るのは早いもの勝ちだ。白いカバーが掛けられた席は記者クラブに所属している団体の記者専用席なので着席できないが、その他は自由に座れる。一番前が必ずしもいいわけではないので、被告人が座る位置を想定してこちらの座席も決める。被告人が座るであろう長椅子が二つある場合がある。その場合は賭けだ。うまく弁護側の机の前の長椅子に座ってくれると助かるが、最悪の場合傍聴席の前の長椅子に座り、被告人の後頭部しか見えないことがあったりする。その時は途中退出して、検察側のドアの小窓を開いて被告人を眺めたりして情報を補う。
そして裁判官が入ってきて、全員起立、礼。着席後、開廷。廷吏が「この裁判ははじめの2分間、報道機関によるカメラ撮影を行います。カメラに映されたくない方は、席を立って一度退出してください」と言う。すると、本当に退出する人が数名いる。そんなに映るのが嫌なのか。どういう理由があるのか私にはわからない。じっと待つこと2分。カメラマンが機材を片付けてそそくさと退廷する。傍聴席側の視線は、被告人が入ってくるドアに釘付けとなる。



   被告の入廷

静寂の法廷にガチャリとドアの開く音。青い制服の警備員が一人入室し、被告人が次に続く。下を向いて傍聴席を一瞥たりともしない場合もあれば、深々とおじぎをする人間もいる。ケースバイケースなので、観察を怠らないようにする。その後もう一人の警備員が入室。被告人の両手首には手錠が掛けられており、腰にはロープがまかれ、警備員がそれを掴んでいる。ベンチの前にくると手錠とロープは外され、被告人は楽な格好で長椅子に座る。この時、いつも思うのだが、拘留されている被告人の格好が、まるでパジャマのような服装なのだ。黒やグレーが多いが、「そんな格好で普段あるいていまい」といった姿で公衆にさらされる。髪をとくクシもないのか寝癖がひどい被告もいる。(以前、前髪の寝癖がひどく、横から見ると前に大きく三本突き出しており、さながらスネオヘアーとなった被告人に出くわしたことがあるが、あれには参った。ありのまま描いても、漫画のような髪型になるのだ。まあ、仕方ないが・・・)女性も例外ではなく、「ああ・・この人まだ若いのにこんな格好で・・」と思う人も多い。中にはスーツの被告人もいるから準備できないこともないのだろうが、外にいる身内次第ということなのだろう。



   裁判中の様子を描く

裁判長が「被告人は前へ」というと、被告人は黙って中央の席に立つ。人定質問(本人確認のための質問)が行われ、続いて検察官による起訴状の朗読。ここで被告人の身の上、経歴から犯行にいたる経緯などを含めた事件の概要が嫌でも耳に入る。次に黙秘権の告知。あなたには黙秘権があるから答えたくないことには答えなくてもよろしい。しかしこの法廷で述べたことはあなたの有利不利を問わず証拠となるので注意してください、という旨の定型文を裁判長が読み上げる。わかりましたと答えた後、被告は元の席に着席。その後は罪状認否や被告人質問など、粛々と裁判は執り行われ、裁判長が次回の日程調整をして閉廷する。
その間、被告人の挙動。裁判長の様子。場の空気。検察の態度、弁護人の表情などを観察してスケッチブックに鉛筆を走らせる。大まかに構図と顔のつくりをラフで描いたらページをめくって次の絵にとりかかる。法廷で1枚の絵の下書きが完成することなど、ほどんどない。数枚の絵を同時進行で進めていく。色なども記録しておかないと忘れるので、スケッチブックの隅に「グレーのトレーナーに、黒のジャージのズボン」とか「裁判官左から青、黄、黒」などとメモしておく。ちなみにこの青とか黄はネクタイの色だ。性格上、ディテールにはこだわりたい。



   裁判終了後

6枚依頼のところを8枚ラフを描いた。法廷を出てからテレビ局の担当者に見せる。「あぁーいいですね。似てます似てます。えーっと、これは要らないかな・・・あと、これも無しでOKです。じゃあ他の6枚仕上げてください。ちょっとすぐ遺族にインタビューしなくちゃなので、いってきます!」と足早に現場を去る担当者。私も事務所に戻ってすぐ仕上げ作業にかからねばならぬため、霞が関駅へと足を急がせる。



   事務所にて仕上げ作業

東京三鷹事務所に戻って、仕上げる絵をスケッチブックからビリビリと破る。スキャナはA4サイズのため、B4サイズの画用紙を210x297mmにカットする。トリミングされた絵の下書きを仕上げて、350dpiの解像度でスキャン。Photoshopでゴミ取りなどの作業をし、線画と着色レイヤーとを分けてからPainterでデジタル水彩する。私はなるべく塗り残しの無いように画面全体に色を配置する。背景が白いままとか、刑務官が顔も手も青一色とか、そういう表現はしない。裁判官や、弁護人まで全ての顔を描くことにしている(裁判員は一般人なので、顔は十字ラインだけにしているが)。たまに「うわーこの検察官の女性すごく似せて描けた!」と自画自賛することもあるが、同時に「そこを似せてどうする」という自己ツッコミも入る。
途中携帯が振動し、「すみません、今日はカメラが早く帰っちゃうんで○時までに接写しないといけないんです。できる範囲でいいんでアップしてもらえますか?」という催促が入ったりもするが、なるべく落ち着いて完成を目指す。
完成したデータをFTPソフトを使って自前のサーバにアップロードする。担当者のメールアドレスに用件と画像データのURLを記載してメールを送信。担当者はそのURLをクリックすれば自動的にダウンロードが始まる仕組みだ。念のために無事データが開けたかを電話確認する。これをもって納品終了。



   ニュース番組を確認

翌日の朝、報道で使われた自分の絵を一視聴者として見る。被告人の供述などのテロップなどと組み合わさって、効果的に絵が使われていと満足感がある。画面の左上に小さく「画・榎本よしたか」のクレジットが表示されるが、慣例のようなものだろう。請求書を作成してクライアントに郵送する。ずいぶん経って忘れたころに発注書が届く。これは下請法に則った先方の善意で、タイトなスケジュールの中、電話連絡のみで発注、受注する「危うい取引」を、確かなものにしてくれている証拠だ。




以上が法廷画家が注文を受けて納品するまでのプロセスです。
あくまで私のケースでしかありませんが、興味をもっていただけると幸いです。
よく聞かれる疑問には応えきれていないと思うので、別コーナーで「Q&A」を設けました。
宜しければそちらもご参照ください。




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